日本社会に深く根付く「自然との共生」の価値観が、日本を自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の世界有数の早期導入国に押し上げたと、TNFD議長のデイビッド・クレイグ氏が11日に明らかにした。
2021年に発足したTNFDは、企業や金融機関が自然資本への依存度や影響を把握し、それに伴うリスクを財務報告書で開示するための指針を提供する国際的なフレームワークである。
クレイグ氏は、シンガポールでCOP気候会議と並行して開催された「AlterCOP 30」のパネル討議で、日本の迅速な導入の背景には「文化的要因」があると指摘。「日本で多くの時間を過ごしたが、日本企業はTNFDへの参加に非常に素早く動いた。日本のビジネス言語には自然との調和という概念があり、TNFDを『いかに自然と調和しながら事業を行うか』を考えるための仕組みとして受け止めた」と述べた。
また同氏は、日本の「自給自足の精神」も重要な推進力だと説明した。
「ある同僚が、『周囲を敵に囲まれていると感じる日本のような環境では、自給自足が不可欠な価値になる』と言っていた」と述べ、「この自立性の概念がもう一つの動機付けになっている」と語った。
TNFDの2025年ステータスレポートによると、世界50カ国以上の620の組織が約20兆ドルの資産規模を代表してフレームワークの採用を表明しており、日本は初期導入企業の大きな割合を占めている。
現在、日本の企業・金融機関約130社がTNFDに沿った自然関連評価と報告を実施しており、世界最多の早期導入事例となっている。世界の初期導入企業320社のうち約4分の1が日本企業と推計されている。
経団連は、日本がアジア太平洋地域で最も積極的な国の一つであり、文化的な親和性と自然ポジティブなビジネスモデルへの投資家の関心が相まって導入が進んでいると評価している。
日本政府もTNFDに直接的な財政支援を行い、グローバルな自然保全目標との政策整合性を強化している。また、日本の資産運用会社は、森林破壊や水不足など企業価値に影響を及ぼす自然関連リスクの定量化を上場企業に求め始めている。
こうした動きは金融規制の環境にも反映されている。
金融庁は、東京証券取引所上場企業に対し、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)に加え、自然・生物多様性要素をサステナビリティ報告に統合するよう促している。
主要金融グループの三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)や三井住友フィナンシャルグループもTNFDのパイロットプログラムに参加しており、環境省は自然資本会計を企業の財務諸表に組み込むための研究を支援している。
グローバルでの普及も加速
日本のリーダーシップがアジアでの導入を主導する中、他地域でも追随する動きが広がり、自然関連開示の国際的な普及が加速している。
クレイグ氏は「日本を除くと数字はそれほど高くないが、過去12カ月で導入が50%増加した」と述べ、「ブラジル、コロンビア、インドで急増し、中国もTNFDを積極的に受け入れ、彼ららしい大規模な動きが始まっている」と述べた。
またTNFDは、大企業だけでなくサプライチェーン全体で実効性のあるフレームワークになるよう設計に注力していると強調した。
同氏のシンガポール訪問は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)がTNFDを基盤とした自然関連開示基準の策定プロセス開始を発表した直後に行われた。
クレイグ氏は「これまでに733の組織、22兆ドルの資産運用機関、時価総額9兆ドル超の企業がTNFDの勧告に沿っている」と説明した。
ISSBは、生物多様性条約(CBD)第17回締約国会議(COP17)が開催される2026年10月までに自然関連開示の公開草案を提示する予定で、生物多様性と金融規制の収斂が本格化している。
シンガポール上場企業シティ・デベロップメンツ・リミテッド(CDL)に言及しながら、クレイグ氏は「フレームワークを設計する際は、優秀なサステナビリティ専門家を抱える大企業だけでなく、人員を確保できない中小企業や1〜2人規模の農家にも適用できる構造にしなければならない」と述べた。
TNFDの最新報告によれば、調査対象企業・金融機関の63%が自然関連リスクを気候リスクと同等かそれ以上に重要と捉えており、開示企業の78%が気候・自然の両要素を統合して報告している。
TNFDはデータや衛星を活用したツールを通じ、中小企業の報告負担軽減に取り組んでいるとクレイグ氏は強調した。
「実際の変化はこの部屋の中では起きない。製造業者、素材供給者、生産現場で起きる」と述べ、「サプライチェーン全体が自然と調和を図れるよう、フレームワークを整備することが重要だ」と語った。